ビルドンブンコ

趣味で書いた小説を保管する場所

ノミソラツブサガリスト

 突然切り出された別れ話に何も言えず、きっとそんな俺の態度が気に入らなかったのだろう、と妙に納得も出来た。口を開かずに茫然としている俺に見切りをつけたようで、窓を開けると、今となっては元彼女の麻衣は空へ飛び出した。

「麻衣、待ってくれ!」と今さら声を出して俺は彼女が飛び出した窓の縁に足を掛ける。

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ニンジン抜き

 私の彼はニンジンが苦手だ。

 だから手料理を振る舞う時はニンジンを使わないようにしている。

 けれど彼がそのことについて感謝を示したことはない。

 でも、うっかりニンジンを入れてしまったときは怒る。

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言ってよ

 彼は私を愛してくれない。

 私は彼を愛しているし、彼もそれを受け入れてくれる。でも返してくれない。私に愛をくれない。見返りを求めて愛したわけじゃない。でも私の愛を受け入れておきながら私を愛してくれない彼が許容できない。だから今日も彼に言う。

「愛してるわ」と。

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見る鳩

 電線に次々と鳩が集まっている。

 彼らはどのように意思疎通をしているのだろうか。電線で思い思いに毛繕いに勤しむ鳩たちは鳴き声を発さない。静かなものだ。ただ、頭上に鼠色の鳩が次々と集まってきているのである。

 何が彼らを呼び寄せるのだろう。鳩の力か、電線の力か。なんにしても、ここは鳩にとってパワースポットのようなものかもしれない。

 観察しているうちに私は気づいた。一羽の鳩がこちらをじっと見ていたのだ。胴体は動かさず、時折首を傾げるように回しながら、それでも眼だけはひと時も逸らすことなく私を見ている。

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恋の卓球は夏休みにスマッシュを決める

 体育の授業は卓球だった。俺はシングルスの方が余計な気を使うことなく自由気ままにプレイできて好きなのだが、残念ながら試合はダブルスで行われた。パートナーが見つからなくておろおろしていた、顔を知っているというだけの男子と組んで、だらだらと試合を消化していた。

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シュレッダー変わった

 残業する気満々な奴らを尻目に、私は今日一日で発生した不要書類の束を抱えて席を立った。

 終業時刻十分前だ。

 部署のスペースのすみに追いやられるようにして置かれているシュレッダーは待機モードになっている。一日中待機していたはずだ。何故ならシュレッダーを使う人なんて私しかいないから。

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吐き気お試し無料

 その日は会社でミスをしてしまったのだが、大したミスではないと自負しているので、落ち込みはしていなかった。むしろ、あの程度のミスで怒鳴り散らす上司への怒りで俺は早足になっていた。

 怒りを自覚し、この感情を家に持ち帰るのは良くないと考え、気分転換にいつもは通らない、大通りから外れた路地から駅に向かうことにした。

「悩んでるね」突然声をかけられる。「助けてあげようか」

 思わず足を止めてしまった。

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私はどうなりたい?

「先生はとっくに気づいておられるかもしれませんが、私は一人でいることが多い学生です……」

 今日はこの話をしようと決めてはいたものの、いざ、こうして言葉に出してみると、なんとも惨めな台詞ではないか。それでもこうして口に出せたのは、先生ならそんな私を受け止めてくれるという確信があったからに他ならない。願わくば、それが先生という立場から来る行為ではなく、私という人間を受け止めてくれているのであれば、という期待もあるけれど。

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応援は必要ですか?

「先生は出なかったんですね」

「出ると思ってたの?」

 一昨日と昨日の二日間は、球技大会だった。数ある種目の中でもハンドボールは先生チームも出場し、毎年、どの先生が参加するのか、必ず一度はクラス内で話題に上がる。

「苦手そうですもんね、スポーツ」

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開きますよね!(扉)

 三原楓の無茶なお願いにはこれまで何度も応えてきたが、今回ばかりは難しい。

 ソファに座っていた片塰叶花は、肘置きに片肘をついて僅かに身体を傾けた姿勢で、側頭部に指を当てる。

「そんな急に言われても……。今日の晩でしょう」

「お願いします!」ソファの横で膝立ちしている楓が、叶花の腕を掴む。「どうしてもお礼がしたいって、お母さんが言ってるんです。もちろん、叶花ちゃんが初対面の人苦手なのは知ってますけど、一生のお願いです!」

「うーん……」叶花は頭を抱えた。

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見つかりますよね!(傘)

 玄関を開けると、ずぶ濡れの三原楓が立っていた。その顔は泣いているように見えたが、それは誤解だろう。単に雨水が前髪から伝って頬まで流れているだけだ。少なくとも、片塰叶花はそう認識することにした。

「ずぶ濡れじゃない」

 珍しく楓が何も言わないので、叶花は仕方なく見たままの状況を言葉にした。

「ずぶ濡れです。ずぶ濡れのずぶずぶです」

「可哀想に……」叶花は意識的に優しい声を出した。「ずぶずぶ……」

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当たりますよね!(占い)

「駅前に占い師がいるんですよ!」

 机の上のジュースを一気に飲み干すなり、三原楓はまるで世界を揺るがす大ニュースを報告するかの勢いで声を上げた。

「占い師だって人間なんだから、電車くらい乗るでしょ」

 片塰叶花は片手の文庫本に視線を落としたまま静かに言葉を返す。

「そうじゃなくて、駅前で、いかにもな白い台を置いて、椅子に座って、一回百円っていう看板を立てて、お客さんを待ってる占い師がいたんです。どう思いますか!」

「無断でやってるなら違法だと思う」

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貯まりますよね!(お金)

「お金がなくなりました!」

 玄関を開けると、三原楓は何よりも先にそう言った。せめて一歩でもいいから玄関に足を踏み入れてからにして欲しい。部屋が広くないマンションなので、隣人にも聞こえたんじゃないだろうか。

「大人の常識だから、まだ中学生のあなたは知らないかもしれないけど、お金は使うとなくなるのよ」

 言いながら片塰叶花は玄関に背中を向ける。

「知ってますよう」振り向かなくても口を尖らせた楓の顔は想像できた。「でも使ってないんです」

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