ビルドンブンコ

趣味で書いた小説を保管する場所

咄嗟の他人行儀

 電車が停車したことを体で感じ、ドアが開いたことを耳で知る。開いていた文庫本から一瞬だけ目を離し、窓ガラス越しにまだ降りる駅ではないことを確認。その目は再び文庫本に戻って文字を追う。

「もしかして、津村さん?」

 顔を上げると、数年前に別れた彼が立っていた。

「いいえ、違います」津村は咄嗟に否定してしまった。どうしていいかわからず、視線を落として本の世界に逃げる。

 しかし彼は「隣、いいですか?」ときいてきた。

 断る理由を持ち合わせていないので、津村は無言で頷いてしまう。

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その男、盲目につき

 早く食べ終わったので、何をするでもなく席に着いたままぼんやりしていると、トレイを持ったマキさんが視界に割り込んできた。

「やあ。ここ、いい?」

 僕が返事するより先に、マキさんは椅子を引いて向かいの席に座った。トレイの皿には野菜と果物しかない。

「ダイエットですか?」

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放棄した彼女を放置した僕

 今になって思えば、あれは初恋で、一目惚れに分類されるものだったのだろう。

 二年前の春。中学生から高校生に肩書きが変わった四月。初めは気もそぞろだったが、一週間もすれば中学校と変わらない雰囲気が形成された。そんな中、僕は一人の女子を意識するようになる。決して外見に魅かれたわけではない。それもそのはず。彼女はおしゃれ要素が皆無の、どこか古さを感じさせる丸メガネをかけていて、伸びるままに任せたような黒髪は手入れされている様子がなく、飾り気のないゴムでいつも後ろで束ねられていた。女子であることを放棄していると、僕は彼女を見て感じた。

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卵かけご飯の作り方

 母のペンが進まなくなった。

 兄は春から一人暮らしをする。そんな兄が一人でも自炊できるように、母はよく作る料理のレシピをノートにまとめて兄に持たせようと考えたのだそうだ。それには私も賛成した。兄は不器用ではない。作り方がわかれば、きっと上手くするはずだ。

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夜空に浮かぶ実家

 機内にいる人は皆、金持ちだと考えてよい。概ね人生において成功者に分類される人々だ。

 目的地は同じ。目的も同じ。

「失礼かもしれませんが、お仕事は何を?」私はたまたま隣合っただけで初対面にも関わらず、隣席の男性に話しかけた。「答えたくなければ構いません。私はアパレル関係の会社で、デザインをしています」

 機内で初めて会った人と言葉を交わすことは珍しくない。電子端末の持ち込みは禁止されているし、発射準備や安全確認に時間がかかるので、誰もが暇を持て余しているからだ。

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こいつが座って俺が立つまで

 今日の日替わりランチはヒレカツ定食だった。

「お疲れ様です」

 二人席の空いていた向かいに腰掛けてきたのは、同じ部署の後輩社員だった。

「お疲れ」

 軽く挨拶して、俺はメインのヒレカツ、その最後の一切れを、口の中に放り込む。

「いやー、気づけばもう今年も終わりですね。先輩は年末年始、どうされるんですか」

「俺は今年も神社かな」

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履歴で繋がるその路は

 決意表明のように連絡先から実家の番号は削除していたが、母からであろう着信履歴からいつでも連絡できる状態だった。

 何がしたいのか言わず強引に家を出た私が、心配で仕方ないのだろう。悪いとは思っているが、話せるような将来の展望を持っているわけではなかった。

 時間を持て余していたからか、冬の寒さと静けさが寂しさを助長させたのか、ただの気まぐれか、私はその履歴から実家にかけていた。

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期日迫りし悩める乙女

 彼の誕生日が目前に迫り、いよいよ万策尽きたので、思い切って訊いてみた。

 何か欲しいもの、ある?

「うーん、特にない」

 というわけで無駄でした。それどころかお前のセンスに任せる、期待してるって暗に言われた気がするのですが、余計にハードルが上がってませんか、気のせいですか。

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おくれるマシン

 博士が作ったそれは、過去の同座標に紙を送れるというだけの代物で、タイムマシンとして満足のいかない出来だった。だがここまで時間をかけ過ぎた。自分の寿命がもう持たないことは明白だ。そこで博士はタイムマシンの設計図を過去へ送ることにした。それさえあれば、三年ほどで作れるはずだ。博士は、今が三年後だという嘘のメッセージと、データから紙に落とした設計図をマシンにスキャンしていく。

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余計なプレゼント

 食器類が片付けられた夜のテーブル。テーブルの上には一つの紙袋。紙袋を挟んで向かい合うように座る二人。二人は夫婦。

「あなた、ゲームなんてしないでしょう」口を開いたのは女。「どうして受け取ったの?」

 紙袋の中身は最新のゲーム機だった。空気が重たいのは、それが男の同僚である女性からの贈り物だと知れたからだった。

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メロンソーダでよろしいですね

 着々と客を捌く店員。

「次のお客様、どうぞー」

 呼ばれて前に出た客は注文カウンターのメニューの上で視線を泳がせる。

「この弾けるメロンソーダは何ですか?」客は尋ねた。

「何、とは?」

「他の店だとメロンソーダなんですけど、ここでは弾けるメロンソーダだったので」

「いえ、これはですね、その、他の店とは一味違うぞっていうのを、こう、名前でアピールしてるんです」

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異能力窮鼠

 数十分前に死を覚悟したつもりだったが、いざ目前に迫ると、そんな覚悟は所詮形だけだったのだと、自分の生への執着心の強さを思い知らされるのだった。

 事実、漫画みたいに突然特殊な力に目覚めて退屈な現実から抜け出したいと言う夢想を常々抱いていた。そしてそれは叶った。どういう経緯でそうなったのか、つい先刻のことなのでまだ俺の頭が追いつけていないが、とにかく俺は能力を手にした。他の能力者と戦うトーナメントに参加することを条件にして。トーナメントなんて聞こえのいい言い方をしていたが、要は殺し合いだ。

 それでも、どうせこのまま平凡な人生を送るだけだ。非凡な能力がもらえるのならと、俺は参加を決意し、もらったのだ。

 上手く着地する能力。

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ワンシーンの代役

 撮影は十秒にも満たない一瞬の着地シーン。映るのも腰より下の足元だけ。先輩の体調不良は心配だが、初めて本番の現場でスタントに臨める機会を得られた。後は俺がきっちりスタントを決めるのみ。

 なのだが。

 俺はすでに五回もその着地シーンの撮り直しをさせられていた。撮影のたびに建物の屋上に上がらなければならない。

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回収とそれに至る道筋の試行錯誤

 男は女を少しでも楽しませたい一心なのか、あれこれたわいもない話を繰り広げているが、女は「へえ」とか「ふうん」とたまに適当な相槌を挟むだけで、退屈しているのは明らかだった。

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別れの夜

 夜になって目を覚ますと、正一が荷物整理をしていた。すでに家具は運び出されていて、それ以外の小物類をボストンバッグに詰めている最中のようだ。

「この部屋、出て行っちゃうの?」

 私が起きて来たことに気づいた正一は「うん」と短く頷く。

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