ビルドンブンコ

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シュレッダー変わった

 残業する気満々な奴らを尻目に、私は今日一日で発生した不要書類の束を抱えて席を立った。

 終業時刻十分前だ。

 部署のスペースのすみに追いやられるようにして置かれているシュレッダーは待機モードになっている。一日中待機していたはずだ。何故ならシュレッダーを使う人なんて私しかいないから。

 すっかり馴染んだルーチン。抱えていた書類を隣の小道具入れの上に置き、シュレッダーの角に手を添えるようにして親指で電源ボタンを押す。起動したシュレッダーは内部のダストボックスの圧縮を始める。

 おはよう、と心の中で声をかけて、早速書類の束から一つまみ食べさせてやった。

 バリバリと音を立てて私の書類を飲み込んでくれる。

 今日も定時に帰れそうだね。

 脳内でシュレッダーに話しかける。もちろん返事なんてない。

 みんな残業するみたい。くだらないお喋りばっかりしてるから仕事が遅くなるんだね。今日も仕事が早いねって褒められちゃった。早くないです、みんなが遅いだけです。なんて、言ったらどうなるかな。言えないよね。

 いつも通りの愚痴を聞いてもらいながら、私は黙々と書類をシュレッダーに食べさせ続ける。一日の仕事で溜まった書類と鬱憤を同時に発散できる、私の大切な時間だ。

 書類の束が半分ほどになったくらいで、ガシャン、とシュレッダーの中から何か重たい物をぶつけたような音が響いた。続けてエラー音を発し出す。電源ボタンが赤く点滅していた。紙詰まりかと思って吐き出し用のハンドルを回して、途中まで細断された書類を引き抜く。しかしエラー音は止まらない。中身を開けてダストボックスを見るも、まだ余裕はある。

 そもそも、赤い点滅は初めてだ。紙詰まりやボックスの満杯なら点滅ではなく赤く光ったままのはずだからだ。

 参ったな。

 まだ愚痴を聞いてもらってる途中だったのに。こんな中途半端なまま家に帰りたくない。

 とりあえず、細断できてない書類を置いたまま席に戻り、上司にシュレッダーの調子が悪いと報告した。

「ああ、もう古いからな。新しいのに買い換えるか?」

「どうして私に聞くんですか?」

「だって、お前しか使わないだろ、シュレッダー」

 それなりに機密生の高い情報を扱っている部署である。書類をシュレッダーにかけることは義務化されている。しかし時間がないとか、どうせ誰も見ないとか、ゴミに出せば燃やしてくれるだとか、言い訳ばかりで誰も規律を守っていない。せめて面倒だからと正直に言ってくれればまだ好感が持てるものを。

「はい。お願いします」

 上司の言動を不愉快に思いながらも、もちろん口に出せるはずがなく、ただ頭を下げた。

 就業を告げるチャイムが鳴る。

 細断できなかった書類を自席に戻して、私は退勤した。

 

* * *

 

 翌週やってきた新しいシュレッダーは高性能だった。一度に細断できる枚数は多いし、細断にかかる時間も短い。私の書類の量は変わらないのに、シュレッダーの前に立っている時間は三分の一ほどになった。

 つまり、私が愚痴を聞いてもらう時間が短くなったということだ。ここ数日、悶々とした気持ちを職場で発散できないまま、家に持ち帰っている。明らかに夜の眠りが浅くなった。これまでシュレッダーにどれだけ黒い気持ちを吐き出して楽になっていたのか、初めて実感できた。しかしもう遅い。目の前には私の愚痴など意にも介さず淡々と細断をこなす新型。わざとゆっくりと時間をかけてシュレッダーに紙を入れるという考えも浮かんだが、私自身が許さなかった。十分でできることに二十分も三十分もかけていたら、勤務時間中に無駄話をしている奴らと大して変わらない。

 しかしシュレッダーで愚痴を発散しなければ私の健康に関わるのだ。大げさでなく。

 不要書類は全て細断したが、気持ちは消化不良のまま自席へ戻る。退勤準備をしていると、ふと隣の席に積まれた書類が目に入った。次に時計を見る。まだ終業時刻まで五分ほどある。

「いらない書類、シュレッダーにかけてきましょうか?」

「え」と驚いた様子で私の方を向く。何をそんなに驚いているのか。

「何か問題が?」私は真直ぐに尋ねた。

「いや、珍しいなと思って」

 確かに、他人の書類までシュレッダーにかけるのは初めてだ。

「じゃあ、これ、お願い」

 脇に積まれていた書類を抱えて、本日二度目となるシュレッダータイムを迎えた。存分に愚痴をこぼす。

 席に戻ると「ありがとう」と言われた。

「どういたしまして」と返す。

 

* * *

 

「いらない書類、あります?」

 昨日と同じように尋ねる。

「あっ、これ、よろしく」

 昨日の充実感に味をしめて、今日も隣席の不要書類をもらうことにした。

「ありがとう」

 お礼の言葉を背中に受けながら、シュレッダーの前へ。

 すっかり慣れた新型シュレッダーに書類を食べさせる。

 昨日言われた「ありがとう」と、今さっき言われた「ありがとう」が頭の中で交互に繰り返される。つまり、ぼんやりしていた。しかし手は作業を覚えているので、気づけば全ての書類を細断し終えていた。

 席に戻るとまた「ありがとう」と言われる。

「いいえ」

 足早に会社を後にした。エレベーターでは無意識のうちに鼻歌を歌っていた。

 その日は気分良く眠れた。

 

* * *

 

 シュレッダーを終えて席に戻る。

「いつも悪いね」

「いいえ」私はいつも通り退勤準備を始める。「あの、今何の仕事をしてるんですか? いつもシュレッダーにかけながら思ってるんですけど、何か色々してませんか?」

「え、書類の内容見てるの? 恥ずかしいなぁ」言いながらも、さして恥ずかしくなさそうな様子で続ける。「そうなんだよ。色々してるんだよね。いや、頼まれると断れないタチでさ、ついつい引き受けちゃうんだよ。最初は何でもない世間話をされて、俺も嫌じゃないから付き合うんだけど、いつの間にかそいつの仕事を手伝うことになってて。でもやったらやったでちゃんとありがとうって言われるからさ。それが好きなんだよね。お礼を言われると、それだけでやって良かったなって思うんだ」

 その言葉を聞いて、ここ数日、私の気持ちを晴れやかにしてくれているものの正体に、ようやく気づくことができた。

 デスクの上に置いていた鞄を後ろの棚に戻す。

「何か手伝いましょうか?」

「え、いいの? もう定時だよ」

「別に、用事があるわけじゃないので」

「じゃあ、甘えさせてもらおうかな」

「はい。どうぞ遠慮なく」

「ありがとう。じゃあ、これ、頼めるかな」

 シュレッダーにかけてはいけない書類を受け取った。