ビルドンブンコ

趣味で書いた小説を保管する場所

メモ from 私 in ケース

 明日からの修学旅行に備えて私は準備していた。

 とはいえ着替えなどの生活用品は母親が勝手に用意してくれたので、後は私が個人的に持って行きたい小物類を残すのみ。

 イヤホンはいる。バスでの移動とか暇だし。机の上に置いてあるいつも使っているワイヤレスイヤホン。それに手をかけて、思い直して引っ込める。バス移動は長いし、修学旅行は一週間もある。ここは有線イヤホンのほうが安心かもしれない。ノートパソコンに差しっ放しにしてあるイヤホンを抜いて、コードを束ねる。

 うーん。

 断線が怖い。きっと何度も鞄から出し入れすることになる。

 そうだ。イヤホンケース持ってなかったっけ。

 勉強机の引き出しを上から順に開けていく。一番下の段。滅多に使わない物を無造作に放り込んでいるその空間に、それはあった。上の方の見えるところにあったので、幸いなことに底の方まで中身を引っ繰り返す必要はなかった。

 確か最後に使ったのは……、中学の修学旅行、だったかな。

 直近の長期間の旅行がそれだから、多分そのはず。

 通りで少し黄ばんでるわけだ。まあ、イヤホンを安全に仕舞っておければ何でもいい。必要なのはイヤホンで、ケースはそれを守るためだけのものなんだから。

 チャック式のケースを開けてみる。

 はらり、と開けた途端に中から紙切れが舞い落ちた。

 何かと思って拾い上げる。

 このケースはダメ

 とだけ書かれていた。手書き。見慣れた私の字。

 全く覚えはないけれど、私が書いたのには間違いないように見える。パカパカとケースを何度か開け閉めしてみる。

 何も問題なさそうだけど……。

 だけど出てきたメモを無視できない。いわば過去の私からの伝言なのだから、明確な理由を持ってこのメモを書いて入れたわけだろうし。

 うん。

 私はメモをイヤホンケースに戻して、そのケースも引き出しの中に戻した。

 イヤホンケースなんて100円ショップでもちゃんとしたものが売ってる。さっきのは黄ばんでたし、新しいのを買いなおしてもいいか。

 というわけで、私は買ったばかりの新品のイヤホンケースにイヤホンを入れて修学旅行に臨んだ。

 何のトラブルもなく、一週間の修学旅行はたくさんの楽しい思い出を私に与えてくれた。

 正直言うと、バスの中では友達とおしゃべりしてばかりでイヤホンを使う機会はほとんどなかった。帰り、周りの席のクラスメイトが疲れてみんな眠ってしまったときぐらいしか活躍しなかった。

 でも、それで良かったと思う。

 今の今まで忘れていたけれど、中学の修学旅行もこんな感じだった。

 わざわざイヤホンなんて持って行く必要はなかった。当然、それを入れるケースだって不要。

 そういうことだったんだ。

 きっと過去の、中学の修学旅行を終えた私は、それを伝えたくてあのメモを残したのだろう。同じようなイベントがあったとき、私がイヤホンで耳を塞いで、二度とないひと時を無駄にさせないために。

 帰宅した私は、久々の母親の手料理を食べながら、修学旅行の思い出を語りつくして、疲れた体で部屋に戻った。

 このまま今日は寝てしまいたい。それほどの疲労感があったものの、一つだけ、帰ってすぐにやろうと思っていたことがあった。

 帰って来て置きっ放しだった荷物から、イヤホンケースを取り出す。中身のイヤホンはノートパソコンに繋ぎ直して定位置へ。勉強机の一番下の引き出しを開ける。

 黄ばんだイヤホンケース。中のメモを読み直す。

 これは教訓だ。

 未来の私にも伝えたい。

 中学の修学旅行を終えた私も、そう考えたんだろう。

 だから私は、あえてそのメモが入った古いイヤホンケースを、開けてすぐ見えるその場所に残したままにして、旅行に持って行った新しいイヤホンケースは底の方に仕舞い込むことにした。

 今後、誰かと旅行に行くとき、また私がイヤホンを持って行こうとしたとき、黄ばんだイヤホンケースが今の私の気持ちを思い出させてくれるはずだ。

 メモを再び見つける未来の自分を想像して少し笑いながら、引き出しの中身を少し整理する。

 うわっ……。

 底の方から出てきたそれに、思わず声が漏れた。

 新品同様のイヤホンケースが出てきたのである。

 こんな真新しいものを持っているんだったら、あの黄ばんだイヤホンケースはダメだろう。