ビルドンブンコ

趣味で書いた小説を保管する場所

カミカクシ

 先生の呆気に取られた顔を見て、私は内心ほくそ笑んだ。

 今朝、始業のチャイムに重なる形で、遅刻になるかならないかくらいのタイミングで私は登校して来た。しかし教室には誰もいなかった。ほどなくして授業をするために先生が登場。だが教室には私しかいない。

 まるで神隠しのような様相。

 原因は、席に着いて正面を向いていれば自ずと目に映るその文字。

 とりあえず、先生が教室にいることを委員長にメールしてから「先生」と呼びかけて、私はそれを指差す。

 先生は振り返って黙読。教壇に立っていたので、背後の黒板にはそれまで目が行ってなかったのだろう。

 一限目は視聴覚室で行うそうです。

 黒板の右端に、目立つ黄色のチョークで書かれていた。

「お前が書いたのか?」と、私の方に向き直って先生は尋ねた。

「いいえ、違います」首を左右に振って答える。「私が来た時から誰もいませんでした」

「なら、どうしてお前はこの教室に残ってるんだ」

「チャイムギリギリで来たんで。今から視聴覚室に行っても遅刻確定かと思って。少し教室で休もうかと」

「お前がサボりたいから、こんなイタズラをしたんじゃないのか」

 先生のそういう態度が、私は気にくわない。成績が良くない生徒を見下すような。

「それなら私も視聴覚室に行くか、少なくとも先生が来るとわかってる教室にこうやって残ってません」

「言い訳がすらすら出てくるのが怪しいな」

 これは埒があかないと考えて、私は「それより」と話を移す。「みんな視聴覚室で待ってると思いますよ。行かなくていいんですか?」

「ほら、先生を追い出そうとしてるじゃないか」

「違います。私は——」

 と、その時だ。

 ガラガラ、と扉を引く音に私と先生はそちらを向く。教室の後ろ側に立っていたのは委員長だった。さっき私が送ったメールを読んで来たのだろう。

「あっ、先生。みんな待ってますよ」委員長は教室の外を指差して言う。その指先は視聴覚室の方向を向いている。

「悪いがこれは間違いだ」言いながら、先生は黒板の文字を消しにかかる。私と喋っている時より声色が優しい。委員長は成績が良いから、先生のお気に入りなのだろう。「教室に戻ってくるように伝えてもらえないか」

「はい、わかりました」言うが早いが、委員長は駆け足で教室を去っていった。

 相変わらず真面目なことで。

「先生が書いたんじゃないんですか?」私は尋ねる。「視聴覚室で授業する予定だったのを忘れて教室に来たかと思いました」

「そんなわけないだろ」

「あーあ」私は頭の後ろで両手を組んで、椅子に大きくもたれる。「いつも通りに来てればこんなことにならなかったのになぁ。そしたら先生、焦りますよね? 教室に誰もいなくて」

「まあ、焦らないと言えば嘘になるな」

「くぅ、隠れて先生が慌ててるとこ見てれば良かった。あっ!」私は飛び上がるような勢いで机から身を乗り出す。「委員長、どうして来たんだろう?」

「どうしてって、俺がなかなか視聴覚室に来ないからだろう」

「なかなかって」わざとらしく首を動かして、私は黒板の真上の壁掛時計に目を合わせる。「まだチャイムが鳴ってから五分も経ってませんよね。先生がチャイムよりちょっと遅れて来るなんて珍しくないのに。もしかして委員長、先生が困ってる姿を見に来たんだったりして」

「お前……」先生は猜疑と驚嘆の混じったような表情で私の目を見る。「あいつがやったって言いたいのか?」

「別に言いたくはないですよ」口を尖らせ、拗ねたように私は言う。「あの連絡は私が書いたんじゃないし、先生が書いたのでもないならもしかしてって思っただけですぅ」

 廊下から微かな喋り声。聞き耳を立てていると、段々と近づいてきている。どうやら委員長が他の生徒を連れて戻ってきたらしい。

「そういえばあの黒板の文字」先生と二人きりの時間はもうお終いのようなので、最後にこれだけ言っておく。「委員長の文字っぽくありませんでした?」

 扉の開く音。

 最初に教室に入ってきたのはやはり委員長。先生は何も言わなかった。クラスメイトを連れて来たお礼も、黒板に書かれていた伝言は誰が書いたのか心当たりはないか問うことも。

 それでも、先生の委員長を見る目に少しだけ疑いの念が含まれていることを、私は確信した。

 成績だけで私を馬鹿な女だと見下すところは嫌い。だけど流されやすくて扱いやすい単調なところは好き。そんな先生に上手く取り入っている委員長は嫌い。

 だから私は昨日の下校前に、明日の一限目の授業は視聴覚室で行います、という文言を先生の名前を添えて印刷した紙を教卓の上に置いて帰った。

 そして今朝、先生が来る前にその紙を回収した。委員長とは表面上仲良くしているし、私が仕組んだことだとは思うまい。

 ささやかな憂さ晴らしだ。