ビルドンブンコ

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余計なプレゼント

 食器類が片付けられた夜のテーブル。テーブルの上には一つの紙袋。紙袋を挟んで向かい合うように座る二人。二人は夫婦。

「あなた、ゲームなんてしないでしょう」口を開いたのは女。「どうして受け取ったの?」

 紙袋の中身は最新のゲーム機だった。空気が重たいのは、それが男の同僚である女性からの贈り物だと知れたからだった。

 仕事から帰宅した男が下げていた紙袋を見て、それどうしたの、と女が問うた。会社の子にもらったんだ、と男が答えた。それで露呈した。男の愚直さも裏を返せば、何もやましいところなどない証拠ではあるのだが、それを汲み取れる女でもなかった。

「確かにしないけど、ゲームが嫌いなわけじゃない」別に悪いことをしたという自覚があるわけでもないのだから、答える男も堂々としていた。「面白そうだから、やってみたいと思ったんだ」

「やってみたいって言ったの? その女に? 私には言わないで?」

 疑問符を重ねて女は詰め寄る。

「それは、単にお前とはゲームの話なんてすることがないからだろう。たまたま会社の連中と子供の頃してたゲームの話題で盛り上がって、最近のゲームは凄いって話になって、それはやってみたいなって」

「言ったんだ、その子に」

 その子、を強調した言い方だった。

「だから、別にねだるつもりで言ったわけじゃないし、その子個人に向けて言ったわけでもない」男はきっぱりと否定する。「いいじゃないか、もらっておけば。別に損したわけじゃない。向こうだって、俺が結婚してることくらい知ってるんだから」

「知ってて渡すから危ないんでしょう!」

「怒鳴るなよ……」男は紙袋を自分の方へ手繰り寄せ、中から外箱を取り出す。「二人でもできるから、お前と一緒に遊んだら楽しいと思ったのに……」

 一緒に遊んだら、という過程の未来を想像したのか、女は一瞬だけ表情を崩したが、思い直したのか、再び眉間にしわを寄せ、目を釣り上げた。

「無理よ。楽しくなんかないわ。他の女からもらったゲームを楽しそうにしてるあなたを見たくないもの」

 二人は自然と見つめ合う。数秒間、お互いの真意を測るように。

 男はそっと、外箱を紙袋に戻した。

「これは、明日返すよ」

「返しちゃ駄目よ。それこそその女の思う壺じゃない」

「思う壺? でも使わないのに返さないのは悪いだろう。何千円で買えるようなものじゃないんだから」

「何て言って返すつもりなのよ」

「えっと……、流石にこんなものは貰えないよ、とか」

「こんなもの?」女はその言い回しに引っかかる。「他のものなら貰うって、暗に言ってるみたいじゃない。どんなものなら貰うのよ。いや、すでに何かもらったことがあるようにも聞こえるわね。そうよ。考えてみれば、いきなりゲームを渡すなんておかしいわ。今までもちょっとしたプレゼント、貰ってたんでしょう」

「考え過ぎだって」エスカレートする女に待ったをかけるように両手を広げる男。「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「それは……」女は首の角度をあげて、男の頭と天井の間の何もない空間を三秒ほど見つめた。「とにかく、その女とは仲良くしないで」

「仲良くしないでって」言われても、会社の同僚である以上接触は避けられないのだが、男は「わかったよ」と頷いて、今を乗り切ることにした。長引いて、明日の仕事に差し支えるといけない。

 

 

 翌朝、男が目を覚ますと、隣に女はいなかった。それはいつものことである。平日休日を問わず、女は先に起きて朝食の用意を始めとした家事に勤しんでいるからだ。

 ところが、男がリビングに行っても朝食は用意されていなかった。

 女は一人でソファにいた。男が起きて来た事にも気付いていない様子で、真っ直ぐにテレビの画面を向いている。

 そこに映し出されていたのはゲーム画面。女が両手で握っているのはコントローラー。テーブルの上には中身のない紙袋と、乱雑に開封されたゲーム機の空箱。

「他の女からもらったゲームなんて、楽しくないんじゃなかったのか」

「あら、私がするのはいいのよ。でもあなたは駄目」ケロリとした表情で女は言い放った。「使ってるんだから、返さなくてもいいわよね」

「いや——」反論しかけた男はしかし、諦めた。昨夜の問答と似たようなことをまた繰り返すことになるのは明らかだったからだ。結婚生活は、こうした小さな諦めの積み重ねで成り立っているのではないか、と一瞬だけ思ったが、認めたくなくてその考えは振り払った。代わりに一言、「面白いか?」と尋ねた。

「ええ」女は画面を見たまま頷く。「他の女があなたに贈ったゲームだと思うと、余計に面白いわ」

 ちょうどゲーム画面が暗転し、男はその画面越しに反射する女の顔を見た。そこに湛えられた女の笑みは、結婚前の交際期間には見ることができない種類のものだと、男は悟った。