ビルドンブンコ

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履歴で繋がるその路は

 決意表明のように連絡先から実家の番号は削除していたが、母からであろう着信履歴からいつでも連絡できる状態だった。

 何がしたいのか言わず強引に家を出た私が、心配で仕方ないのだろう。悪いとは思っているが、話せるような将来の展望を持っているわけではなかった。

 時間を持て余していたからか、冬の寒さと静けさが寂しさを助長させたのか、ただの気まぐれか、私はその履歴から実家にかけていた。

 呼出音を聴きながら、早くも後悔の念が湧き上がる。繋がったところで、何を話せばいいのか。

「もしもし」と出たその声は、父のものだった。

 そうか、年末で仕事が休みに入っているのか。

「お母さんは?」私は感情が表に出ないように努める。

「風呂に入ってる」

「そう。別に何でもないから。年末の挨拶くらいしとこうかと思っただけだから。別にかけ直さなくていいって、言っといて。じゃあ——」

 良いお年を、と言って切ろうとしたのだが。

「寂しくなったか」

 父のその言葉に、私は手を止め、うん、と素直に頷いてしまったのだった。

 母に同じことを言われていたら、強がって否定しただろう。いや、そもそも寂しくなったかなんて、訊かれもしないはずだ。どうして連絡してこないのか、一人でやっていけてるのか、食事は、お金は、大学は、家事は。そうやってひたすら私の具体的な現状を聞き出した挙句、いくら私が大丈夫、問題ないと主張しても、そんなはずがないと決めつけてあれこれ小言を言われるに違いない。だからこそ、父には言えたのかもしれない。

「まあ、一人暮らしだもんな。懐かしいなあ」

「お父さんも一人暮らししてたんだ」

 考えてみれば当然のことではあるのだが、私は母と父が一緒に暮らしているところしか知らない。けれど、一人と一人がどこかで出会って、一緒になることを選んだ瞬間があったのだ。そう思うと、電話越しというのも手伝ってか、今話している相手が親よりももっと身近で遠い、先輩のような存在に思えてきて、私と父は一人暮らしエピソードで少し盛り上がることができた。

 遠距離恋愛中の彼氏がいたら、こんな風なのかな。と思ってしまうような、どこか心地良い距離感のよそよそしさを感じながら、私と父は言葉を交わした。

「実はな」話が落ち着いたところで、父は言った。「お前が大学に行く、一人暮らしをするって決めて、嬉しかったんだ」

「えっ?」てっきり母に味方して、私に反対していると思っていた。

「自分で将来を決める、強い娘に育ってくれたんだって」

「そんなこと、ないよ……。村の中で一生を過ごすのが嫌だっただけ。将来なんて、何も決めてない。都会に逃げただけ」こうして口にして初めて、結局私は家出する思春期の子供と、していることは同じなのだと自覚した。「大学で勉強しててもやりたいことなんて見つからないし、卒業したらどうしようかなんて、まるで考えてない」

「それでも、勉強して、大学に入った。頑張ったじゃないか。俺の娘は頑張れる子なんだ」

 父の言う通り、もしも人生に褒められるところがあるとすれば、あの受験勉強中の私だと思う。裏を返せば、今の私は褒められたものじゃない。

 それにしても、私の父はこんなに優しかったのかと、初めて父の人柄に触れることができた気がした。同時に、これは電話越しだから成り立つ会話なのだとも理解できた。

 それでも。

「正月くらい——」

「帰ってくるなよ」

 言いかけた私だったが、それを遮った父の一言に釘を刺された。きっと、最初から見透かされていたのだろう。

 村から逃げるようにして都会の大学へ進んでおきながら、私はそこからの逃げ道として、村に戻るという選択肢を残していたのだ。だから、連絡先から実家を消しても、着信履歴は、いちいち消すのは面倒だからと自分に言い訳して残していた。電話をかけたのだって、時間を持て余していたからでも、寂しかったからでも、気まぐれでもない。都会で一人で暮らすなんて威勢を張っておいて、どこかで、村に戻れば、実家に帰れば、いつでも受け入れてくれるとわかっていて、甘えていた。

 子供が考えることなんて、親からすればお見通しなのだろうな。

「すまん、母さんが風呂から上がったみたいだ」慌てた様子で別れを告げた父は、今日聴いた中で一番耳に残る声で、最後に言った。「立派になって、父さんと母さんを迎えに来い」

 じゃあな、と、またすぐ掛け直すくらいの軽さで電話は切られたが、もうこんな風に電話することもないだろう。父からも。私からも。そして、母とも。

 退路を断ってもらえた。前に進むしかない。

 幸いなことに、帰ってくるなと言われた私には時間がある。

 とりあえず大学の講義ノートを広げて、よし、と一人で意気込んだ年末の夜だった。