ビルドンブンコ

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放棄した彼女を放置した僕

 今になって思えば、あれは初恋で、一目惚れに分類されるものだったのだろう。

 二年前の春。中学生から高校生に肩書きが変わった四月。初めは気もそぞろだったが、一週間もすれば中学校と変わらない雰囲気が形成された。そんな中、僕は一人の女子を意識するようになる。決して外見に魅かれたわけではない。それもそのはず。彼女はおしゃれ要素が皆無の、どこか古さを感じさせる丸メガネをかけていて、伸びるままに任せたような黒髪は手入れされている様子がなく、飾り気のないゴムでいつも後ろで束ねられていた。女子であることを放棄していると、僕は彼女を見て感じた。

 どうしてこうも一人の女子を気にしてしまうのか。当時の僕は、環境が原因なのだと決めつけていた。工業高校なので、そもそも女子が少ない。確か、クラス四十人中、女子は四人だった。女子は目立つし、四人のうち三人が、比較的一般的な女子である以上、相対的に、放棄した彼女に目が行ってしまうのは、おかしなことではないと、僕は自分の心に折り合いをつけていた。

 ほぼ男子校と言っても差し支えない環境である。四人の女子が仲良くなるのは必然だった。そして、男子が彼女らに取り入ろうとするのもまた必然だった。ほとんどの男子は何かきっかけがあれば女子たちの機嫌を取ろうとしていたし、女子の方も、そうやって男子にちやほやされることに満更でもない様子だった。彼女を除いて。

 女子であることを放棄している彼女だけは、男子から話しかけられてもほとんど口を利かず、必要最低限の会話しかしない。女友達としか会話を楽しむ気がないようだった。そして、彼女のそういう態度を見れば見るほど、僕は魅力を感じるようになっていった。

 とはいえ、何か行動を起こしたわけではない。話しかけたところで、他の男子と同様に素っ気なくあしらわれるであろうことは容易に想像できたからだ。結局僕は、彼女に何のアプローチをかけることもなく、それどころか同じクラスということ以外に何の接点も持たないまま、一年が過ぎ、二年生となった。

 新しくあてがわれた教室に、彼女はいなかった。一学年につき四クラスあるので、僕が彼女とまた一年間同じ教室で過ごせる確率は二十五パーセントだったわけで、それは運がなかったのだと素直に諦められる数字だった。それに、もしも同じクラスになっていたとしても、一年生の頃と同じもどかしさを繰り返すだけになる未来は想像に難くないし、どうせ何もできないのだったら、いっそのこと彼女のことを忘れてしまった方がいいのかもしれないとさえ考えた。本当に忘れてしまったのか、単に新しい環境に慣れてしまっただけなのか、二年生の僕は変わらず、可もなく不可もなく安易な時間の中を流れ、順当に進級した。

 そして入学から二年という月日が流れた今、三年生になった僕の教室には、美人がいた。

 顔は小さくすっきりとしている。目の輪郭ははっきりとしていて大きい。茶色がかった髪はウェーブしつつも艶があり、光の加減によって絶妙な色合いを見せている。他の女子と同じ制服を着ているはずなのに、どこか一線を画している。制服だから着ているという受動ではなく、制服を選んで着ているような能動を感じさせるほどにマッチしている。圧倒的なまでの女子がいた。

 そして、新しいクラスになったばかりだというのに、まあ、三年生となれば二年間の積み重ねた人間関係もあるのだろうが、その女子はすでに数人の男子に取り囲まれるようにして、クラスの中心で陣取っていた。

 チャイムが鳴り、三年生になって初めてのホームルーム。お決まりの自己紹介をすることになった。その中でようやく、その美人が彼女であることを、僕は知った。

 変わるものだ。よくもまあ、一年でこれほど。

 その後の休憩時間で僕は幻滅した。

 期待していたのだ。

 たとえ髪の色が変わろうと、ウェーブしていようと、コンタクトデビューしていようと、化粧をしていようと、人の本質は変わらないはずだと。彼女は彼女のままだと。

 しかし、観察していればすぐに判った。

 男子からちやほやされて満更でもなさそうにしていた他の女子と同じになっている。成り下がっている。味を占めた、という言葉がぴったりだろう。きっと二年生の時に気付いたのに違いない。ああして外見を整えて、近寄ってくる男子たちに優しくしておけば、様々な場面で楽ができると。得があると。

 一年生の時、話しかけていれば、二年生で同じクラスになっていれば、そうでなくとも、彼女を忘れようなんて考えなければ。

 僕なら彼女をあの時のままにしてあげることができたのに。

 彼女をそうさせた環境を作った男子。その環境に身を委ねて受け入れた彼女。そこに加われない僕。

 悔しい。怒鳴り散らしたい。

 飾り気のなかった頃の彼女を知らなければ、生まれなかった感情だ。