ビルドンブンコ

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真面目は損ですか?

「どちらかというと、私って、真面目な学生だと思うんです」

 膝の上に乗せている自分の手を見つめながら、私は控えめに主張してみた。

「まあ、不真面目ではないよね」

 先生のその返事に心が籠っていないことは、見るまでもなく明らかだった。それでもそっと上目遣いに見やると、案の定、先生は片手に薄い書類を持って、それと机の上の分厚い書類を見比べるようにして難しい表情をしていた。先生が暇でないことは重々承知なので、そこで私は怒ったりしない。ただ、私のそういうところが真面目過ぎるのかなと、今日に限ってはどうしても考えてしまうのだった。

「私が真面目だったとして……、真面目な私には、不真面目な学生を責める理由は、権利は、あるのでしょうか」

「うーん……」先生の目が、片手の書類の方で止まる。そこの文面に注目しているのか、それとも私の言葉について何事かを思案してくれているのだろうか。「君が真面目だろうとそうでなかろうと、不真面目な学生は責められて然るべきだとは、思うけどね」

「叱るべき? それはやっぱり、先生という立場だからですか?」

「いや、その叱るじゃなくて、その、責められても責められない、いや、これも紛らわしいな。責められても文句は言えないってことかな。それで君は、真面目と不真面目の定義付けができなくて困っているんだね」

「わかりますか?」

「君は意味のない、目的のない話はしない主義だろう?」

「では単刀直入に。不真面目になれない私は、損をしているのでしょうか」

「おっと……」先生は手に持っていた書類を机に置いた。それでも、目線はまだその机上に向けられている。「ちょっと、予想が外れたみたいだ。てっきり、より真面目な人から見たら自分は不真面目に見えるのでは、みたいな話かと思ってたんだけど。うーん、そうか……、不真面目になれないと損してるか……」

 いよいよ先生は書類から目を離した。そして何もない宙を見つめるようにして顎を上げる。言葉が続く気配がなかったので、私が思っていることをもう少しだけぶつけてみようと思う。そんなに意見がまとまっているわけでもないのだけれど。

「私は、あんまり賢くないですけど、それでも、真面目ではいるつもりです。周りに迷惑をかけないように、面倒をかけないように、問題を起こさないように。自分で言うのも変ですけど、努力していると思うんです。その、どう説明すればいいんでしょう……。私は努力して真面目にしています。不真面目な人、つまり努力していない人もいます。その人に対して努力をしろ、と思ってしまうのは、私の心が狭いだけなのでしょうか。もっと寛大に、もっと大人にならなければいけないのでしょうか。不真面目にならないといけないのでしょうか」

 私が言い終わるまでに、先生は何一つ口を挟むことなく、ゆっくりと、飲み込むように聞き入ってくれていた。ように私には見えていた。だから今度こそ、私は先生の言葉を待つ。

「君から見て、僕は真面目?」

 一瞬、その問いかけの意図を考えてしまい微妙な間ができてしまったが「はい、もちろん」と正直な気持ちを答えることにした。

「どういうところが?」

「それは、その……、いつも私の話を聞いてくれますし」

「でも、最初、僕は君の話よりもこっちを優先していた」言いながら、先生は机の上の書類に手のひらを置いた。「つまりその時の僕は、まだ君の話を真面目に聞いていなかったわけだ。あの時の僕は真面目じゃなかった。私の話を真面目に聞く努力をしろって、思った?」

「いいえ、そんなこと」私は咄嗟に両手を振って否定の意を示す。「思いませんでした。でも、先生はお忙しいですし、私は話を聞いてもらっている、勝手に話しているだけの立場なわけですから――」

「立場の話をするなら、僕の立場は先生であり、僕の仕事は学生の話を聞くことだ。それ以外はすべて雑務。だから、こんなものより」バン、と書類を叩いて音を鳴らす。「本来は君の話を聞くことを、何よりも優先して然るべきなんだ。間違っていたら、叱るべきなんだ」

 一気に言い切ったのち、先生は頬を緩めた。

「それは、でも……、だって、違いますよ。言っても、先生は基本的に、ベースが真面目じゃないですか。でも元からして不真面目な人もいますよね」

「僕は仕事だから真面目にしている」

「えっ?」

「そう言ったら、僕のことを疑う?」

「そんな――」否定しかけて、そこに根拠が基づかないことに気付く。私は、先生をしている先生しか知らないのだから。けれど、言いたいことはわかった。「私が、人の不真面目なところしか見ていないということですね?」

「まあ、明言はできないけど、だいたいそんな感じじゃないかな。どうも今日の君は落ち込んでいるというか、熱くなっているというか、むきになってるって言うのかな。あまり、冷静じゃないみたいだから、一度落ち着いて、客観的に見てみるといいかもしれないね」

「客観的に……」

「クラスメイトの良いところ探し。小学生の頃にしなかった?」

「いえ、あっ、でもそんな風なことはしたような気がします」

 良いところ探しなんて名目ではなかったと記憶しているが、確かに、そういうような課題が与えられた。具体的に何をしたかまでは覚えていないが。

「僕は、君が人付き合いが得意でないことも、それをこうして直接的に言われても気を悪くしないことを知っているから、先生という立場にいる人間の端くれとして、ちょっとくらい真面目に言わせてもらおうかな」

 人付き合いが得意でないことは自認しているところではあるけれど、それを言われて気を悪くしないというのは間違いだ。正しくは、先生に言われるのなら悪い気はしない、である。

「特定の個人の特定の行為を自分が受け入れられないとき、その人の全てを拒むのは、損をしていると思う。君が自身の真面目さを損だと思い悩んでいるのだとしたら、その原因は、その辺りにあるんじゃないかな」

 先生の言葉を受けて、落ち着いて、冷静に、客観的に自分を振り返る。周りに迷惑をかけないように、面倒をかけないように、問題を起こさないように。努力して私はそうしている。真面目にしている。

 している、つもりだった。

「先生、私は、真面目でしょうか?」

 初め、私は先生に、自分は真面目な学生だと思う、と言った。しかし、今は同じ事を言えない。

「あえて言うなら、生真面目かな」

 先生のその答えで、私は思い知る。

 私はただ、安全圏にいたいだけだったのかもしれない。私が不真面目な人に好意を持てないから、同じように、自分が不真面目にしていると誰かに嫌われる。それを恐れていただけなのかもしれない。

「先生は生真面目な人、嫌いですか?」

 好きですか、と問いかけたかったが、直前でその言葉は出なかった。出せなかった。勇気がなかった。安全圏から出る勇気が。

「嫌いじゃないよ」

 問い方が違っていたら、その答え方も違っていただろうか。

 私は椅子に一気にもたれて、天井を仰ぎ見る。生真面目な私は、先生の言葉を全て受け止めて、受け入れる。

 嫌われる覚悟で人に迷惑をかけ、面倒をかけ、問題を起こすことができる人を、きっと、不真面目とは言わないのだろう。何の覚悟もなくそうしている人は別だけれど。

 果たして私は、覚悟を持って、信念を持って、真面目であろうとしているだろうか。

 それを指して、先生は私のことを生真面目と称したのかもしれない。

 ただ形として存在するだけの真面目。覚悟も信念も加わっていない、生の状態。生の真面目、生真面目。

「そっか」という独り言。「真面目にもなれてなかったんだ」

 だったら、不真面目になれている人と比べて、損をしているような気になるのは当然だろう。