ビルドンブンコ

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私はどうなりたい?

「先生はとっくに気づいておられるかもしれませんが、私は一人でいることが多い学生です……」

 今日はこの話をしようと決めてはいたものの、いざ、こうして言葉に出してみると、なんとも惨めな台詞ではないか。それでもこうして口に出せたのは、先生ならそんな私を受け止めてくれるという確信があったからに他ならない。願わくば、それが先生という立場から来る行為ではなく、私という人間を受け止めてくれているのであれば、という期待もあるけれど。

「そうかな?」と先生は首を傾げる。「君が一人でいるところを見た記憶はないけど」

「それは、ほら、先生が私を見る機会って、この部屋くらいじゃないですか。この部屋にいる私は、先生と一緒なんですから、それは一人なわけないですよ」

 初めに的外れな発言をして、私がそれに反応している間にモードを切り替える。それが先生の常套手段なのではないか、と最近の私は思い始めている。根拠はないけれど、自信はある仮説だ。

「この部屋には僕がいるから一人じゃない、という定義なら、教室にいれば君は一人じゃないことになるけどね」

 まあ、まさかまさか、僕がいるから君は一人じゃないよ、なんてロマンチックな台詞が先生の口から聞けるだなんて思っていなかったし、当然期待なんてしていなかったので何とも思わないけれど。本当に、思わないけれど。

 それにしても、今から私が言わなければいけない内容を考えれば、先生が少しくらい気を遣ってというか、気を配ってというか、気を紛らわせてというか、気を揉んでというか、気を張ってというか、気を持たせてというか、まあ、気はとっくに持たされているのだけれど、とにかくうまい言葉が見つからないものの、先生の気と私の気とが合っていれば、こんな気が気でない気持ちにはならないのかもしれない。

「ここには先生という話し相手がいます。教室には……」

 どれだけ自覚と覚悟があったところで、やはり、これ以上先を続けるのは、今の私には難しかった。

「なるほど。その定義に則れば、君の意見は正しいね」

「球技大会や文化祭や、そういったイベント事で、クラスに一体感が生まれる、いえ、一体感を強制されるじゃないですか」

 一般的に球技大会よりも文化祭の方が盛り上がるのだが、先に球技大会という言葉が口をついたのは、潜在的にも先日の一件を私がまだ気にしているということなのだろう。

「別に、誰も強制してないと思うけど」

「そういう空気なんです」先生が普段通りに私と会話してくれているのが、内心とても嬉しかったりするのだけれど、その感情は表に出さないようにしつつ続ける。「参加は自由と言いつつも、どことなく、不参加者が悪になるような雰囲気で」

「へえ。今日の君は気が多いね」

「え?」

「いや、なんでもない」先生は一人で可笑しそうにしている。「それで君は、自分に正直になるか、我慢して空気を読むか、悩んでるんだ」

「はい。あぐねています」

「今日はご機嫌だね」

「そうですか? あっ、気が多いってそういう意味ですか」

「惜しい」

 私は一瞬だけ顔を顰めてしまったと思う。しまった、と思う。なんて、やっぱり機嫌が良いのだろうか。

「ともかく」と、それでも私は強引に話を進める。私の暗い部分を先生に見てもらうために。もしかして、そこでバランスを取ろうとして、無自覚のうちに気分を上げているのだろうか。それが先生には機嫌が良いように映ったのかもしれない。「協調性のない私ですけど、どこかで、一体感を持って仲良く物事に取り組んでいるクラスの人たちを、クラスの一団を、少し、いえ、すごく、羨ましいと、思いもするんです……」

「だったら、君もその一団に加わればいいじゃないか」

「意地悪ですね」

 私の機嫌が良いのなら、先生の意地は悪い。

「ごめん。今更素直にそんなことできないって話だね」

 私はこくりと頷く。そのまま待ってみたものの互いに無言。やはりどうしようもなく、これは私から話すべきことなのだろう。少し甘えてみただけで、もとよりその腹つもりだった。

「私は、他人と一緒に何かをするのは得意ではありませんし、こんな性格ですから、みんなでわいわい盛り上がることなんてありませんし、したくないです。できないです。だから私はあまり関わらないようにしているのですが、それでもみんなは楽しそうです。私がいなくても、楽しそうです。むしろ私がいると、みんなが気を遣うのか、私が気を遣われたくないだけなのか、その両方なのかよくわかりませんけど、雰囲気が悪くなります。私が悪者になります」

 捲し立てるように一気に言って、一息置く。そして再び口を開く。

「私はとっくに、いなくてもいい人になってしまいました。いない方がいい人になるのも時間の問題です。いえ、もうなっているのかもしれません。私なんていなくても、クラスは仲良く楽しくやっているんです。でもそれは、今までの積み重ねで出来上がった空気なんだってことはわかってるんです。私がいない状態で作られた空気なんですよね。それを今まで避けてきた私が、完成した後になってそこに混ざりたいだなんて、虫がいいにもほどがありますよね……」

 話しているうちに、私の視線は少しずつ先生から外れて下に向かっていたようで、話し終えた時にはすっかり俯いていた。まるで落ち込んでいるみたいだ。あるいは、すでに落ち込んでいるのかもしれない。先生に話せば楽になるかも、という浅い考えではあったが、まさか、自分で言っていてここまで悲しくなるとは。情けない限りである。

「だったら、君を含めたみんなで、また新しい空気を作ればいい」

 きっと先生は、わざとそんな厳しい物言いをしているのだろう。それでも、語調が穏やかなので負担には感じない。しかしそれゆえに、自分の不甲斐なさをいつだって思い知らされるのだ。

「無理ですよそんなの……。そういうキャラじゃないんです。いつも一人で、誰とも仲良くなろうとしない、こいつは一人でいる方が楽しいんだろうなって思われてる、可哀そうな人なんです、私は」

「別にそれを可哀そうな人だとは思わないけど。まあ、そうじゃないのにそう思われてるのなら、それは確かに可哀そうだけど。君は違うしね」

「違いますか? わかりません。私は、どっちなのでしょうか……。一人の方が気楽なのは本当です。でも、私抜きで楽しそうにしているみんなが羨ましくて、妬ましくて……、大げさかもしれませんが、憎くて……」

「そんなことでそんな黒い感情になってる自分が嫌になる?」

「私が確固たる意志を持って一人かみんなを選んでいないから、そんな気持ちになるのでしょうか。一人でいる私が、みんなと過ごす楽しさを捨てきれていないから、諦め切れていないから、どこかで期待してしまうから、一人を選んだのは間違いなんじゃないかと、まだ戻れるんじゃないかと、考えてしまうのでしょうか」

「成長したね」と、先生はまるで脈略のないことを言う。「以前の君は、そこまで自分を、自分の置かれている状況を客観視できはしなかったと思う。今の君は、現状をよく把握して、自分の気持ちも含めて分析できている。だけど解決策は導けないってところかな。まあ、どれだけ優秀なカウンセラーでも自分自身のカウンセリングは難しいっていうし、それは仕方ないことだけど」

「解決できないなら、いくら分析できても意味ないです……」

 先生から成長を褒められたのは嬉しかったけれど、残念ながら、今はネガティブな気持ちの方が勝ってしまう。

「自分を客観的に観察できるということは、他人の観察もできるということだ」先生は諭すような静かな口調だ。「コツは、自分の気持ちと自分の行動、他人の気持ちと他人の行動、この四つのバランスをどうとるか」

「四つのバランス……」私はただただ先生の言葉を繰り返してしまう。

「他人に理解を示すか、理解できる自分になるか、だね。変えるなら自分自身を変える方が一般的だから。まあ、理解できる自分になるために頑張ることになるんだけど」

「私はどうすればいいのでしょう」

「この件に対して君の前にある選択肢は四つかな」先生は親指だけを曲げた右手を私の前に広げる。そして、人差し指から順に指折りながら説明を始めた。「まずは今のまま。つまり、楽しそうなみんなを気にしながら、一人でいる。次に、みんなを気にせず、徹底的に一人でいる唯我独尊。残りはその逆。三つ目は一人でいたい気持ちを我慢してでもみんなと一緒に楽しむ。最後は、完全に気持ちを切り替えて、塗り替えて、心身ともにみんなと楽しむ」

 私の前に広げられていた先生の右手は拳になった。

「私は……」

「まあ、いろいろ言ったけど、今の状態が一番楽なんじゃないかな。人間てどうしても楽な方へ楽な方へ流れていく癖があるから、今の君の状態が突発的なものでないのなら、どう思っているにしろ、一番楽な状態なのかもしれないよ。実際、今の状況を変えようと思ったらエネルギーがいるだろう?」

 言われてみれば確かに、私はこうして先生に悩みを相談しているけれど、その解決策が提示されたところで、それを実行するかどうかを決めるのは私だし、実行できるかどうかも私次第なのだ。先生が示した四つの選択肢。そのうち一つは現状維持なので、現状を変えるならば他の三つから選ぶことになるのだけれど、それを実行することを具体的に考えてみても、どうにもこうにも、私には到底不可能なように思える。もともと、勇気のある方ではないのだ。

「学校という場所は単純な勉学だけじゃなくて、他人とのかかわり方も学ぶところだからね。みんなと仲良くするように、と君に言うことは簡単だし、それで済ませる人も多いんだろうけど、まあ、僕も人付き合いが得意じゃないからね。正直、今の君の話を聞いて、学生時代の僕を思い出したよ。まあ、それはいいとして。無理に他人と仲良くしなくてもいいと思う」

「ですが、楽な道を選ぶというのは、あまり褒められることではないのではありませんか?」

「他にどんな道があるのかを理解して、厳しさを持って考えた結果が楽な道だったのなら、構わないと思うよ、僕は。厳しい道を選べば必ずしも成長できるとは限らないからね。余計な傷を負うだけに終わる可能性だって、大いにあるよ。そもそも、楽な道っていう呼び名が良くないかもしれない。選べる道の中で最も楽な道、比較的楽な道、と言った方がいいのかな。選択肢の中に必ずしも楽な道があるとは限らないからね。君にしたって、今選んでいる、楽しそうなみんなを気にしながらも一人でいるという道だって、楽なのかもしれないけど、悩みもあるわけで。だから別に、楽な道を選んでよいのかなんてことを悩むのは、いや、悩むからこそ、気にしなくてもいいと思うよ。まあ、悩んでいるなら気にしなくていいっていうのも、難しい話だとは思うけどね」

「はあ……」

 含蓄のあることを言われたような、難しい言葉を並べられただけのような、曖昧にしてはぐらかされたような、なんとも言えない気持ちにさせられる私。

「無責任だけど、大丈夫だと思うよ」改まった口調から一転、砕けた物言いで先生は笑顔を見せる。「クラスに溶け込めないというのは一見して問題がありそうだけど、こうして僕と話している分には、君に問題点は見つからない」

「そうでしょうか……?」ただおだてられて機嫌を取られているだけのように感じて、両手を挙げては喜べない。「私に問題がないとは、思えませんけど……。たぶん私は、問題児なんです」

「やけに悲観的だね」

「それはそうですよ。だって私は結局、これからもクラスの一団を羨ましがりながら、なんとも言えない気持ちで過ごすことになるんですから」

「先生としてじゃなく、一個人としての意見を言わせてもらえるなら、いっそのこと、唯我独尊ルートを選ぶのもありかもしれないよ。もっと自分勝手に好き勝手に、勝手放題して、一人の利点を大いに活用して、群れてる奴らを見返してやろうって」片側の口角を上げて、先生は不敵な笑みを見せた。「一人で我武者羅にやって、気づけば周りを振り回して、巻き込んで、騒がせて。そこまでしておいて当の本人は何食わぬ顔でいつも通りに振舞ってる。そこまで到達できれば、カッコイイかもしれないね。ちょっと、カッコ付けすぎだけど」

「それ、先生が子供の頃の話ですか?」妙に具体的に感じたので問いかける。

「うーん、どうだったかな」

「その頃の先生を見てたらきっと私、一目惚れしてたと思います」

 ほんの少しかもしれないし、気休めに過ぎないかもしれないけれど。

 先生に話して、聞いてもらって、先生の話を聞いて、話を聞けて。

 今はそれで十分なのだと思える。

 気が済んだ、というのは違う。

「ありがとうございます、先生」

 そう、やっぱり私は――

「気が楽になりました」

 単に気が多いだけなのだろう。